大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 平成3年(ネ)322号 判決 1992年11月26日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二本件事案の概要

本件は、被控訴人が、借用したマイクロバスのバツテリーの容量が低下し、エンジンを始動させることができなかつたため、自己保有の予備バツテリーをマイクロバスのバツテリーに接続してこれに送電しようとしていた際、右予備バツテリーが爆発し、右眼を失明したとして、右マイクロバスにつき保険契約を締結していた保険者である控訴人に対し、右保険契約に基づき、後遺障害保険金約四七〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

原判決事実及び理由第二の一、二(原判決一枚目裏九行目冒頭から二枚目表一三行目末尾まで。但し、一枚目裏九行目の括弧書を削り、一二行目の「サツ二二ス二四四七」を「札ニニす二四四七」に改め、二枚目表三行目の「契約」の次に「の自損事故条項」を加え、一一行目の括弧書を削る。)に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  本件の争点

本件の中心的争点は、本件事故が本件保険契約中の自損事故条項にいう「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に該当するか否かである。

三  争点に関する当事者の主張

1  被控訴人

(一) 被控訴人はトラツク運送業を営み、ガソリン車、デイーゼル車につき二級整備士の資格を有している者であるが、平成三年一月一日からレンタルで借り受けていた本件車両を竹田に返還するため、同月四日午前一〇時ころ、自宅前駐車場にあつた本件車両を始動させようとしたが、バツテリーが容量不足のため、エンジンは始動しなかつた。そこで、被控訴人はトラツク用のものとして保有していた予備バツテリー二個を本件車両内に持ち込み、リード線で本件車両のバツテリーに接続した。被控訴人が運転席で右予備バツテリーのうちの一個(以下「本件予備バツテリー」という。)のボール部分に接続していたリード線を操作中、リード線がシヨートして本件予備バツテリーが爆発し(以下これを「本件事故」という。)、その破片が被控訴人の右眼に当たり失明するに至つた。

(二) 被控訴人は、本件車両のバツテリーだけでは正常に作動しないので、補助的に本件予備バツテリーを使用し、併せて本件車両を発進させようとしていたものである。右は、本件車両の固有装置の機能が十分でないため、その固有装置を用法に従つて機能させ、「運行」させるべく行動中だつたのであるから、控訴人主張のように修理ないしは整備の範疇に属する行為と評価されるべきではなく「運行」行為そのものである。

2  控訴人

本件事故の経緯は知らないが、仮に被控訴人主張のとおりであるとしても、本件事故は次のとおり本件保険契約中の自損事故条項にいう「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に当たらない。すなわち本件車両のバツテリーを固有装置といいうるとしても、他の大型トラツクの予備バツテリーを本件車両のバツテリーに接続した行為は、本件車両装備外の装置を用いてなした修理ないしは点検・整備というべきものである。しかも、本件事故は、本件車両のバツテリーをその用法に従つて使用している過程で発生したものではなく、被控訴人が別途持ち込んだ右予備バツテリーの爆発により発生したものであるうえ、爆発の原因は、二級整備士という自動車整備の専門的知識を有する被控訴人の行つた点検、整備の過程において犯したミスによるものである。かような事故が被控訴人のように自動車整備の専門知識をもつたものにしか起こりえないのであつて、到底運行起因性は認められない。

第三証拠

原審及び当審訴訟記録中の証拠目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  前記争いのない事実及び証拠(甲三、四、乙一、原審における被控訴人本人)によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、トラツク四台を保有して運送業を営む者であるが、ガソリン車及びデイーゼル車についての二級自動車整備士の資格を有し、自動車整備の業務に従事した経験もあり、冬季などにトラツクのエンジンがかからないときのために大型トラツク用の本件予備バツテリーを含む予備バツテリー二個と接続用のリード線(ジヤンプコード)を自宅に備え置いていた。

2  被控訴人は、平成三年一月二日、竹田から本件車両を借り受け、北海道富良野市まで往復して同月三日に札幌市に戻り、自宅前駐車場に本件車両を置いていた。同月四日午前一〇時ころ、被控訴人は、本件車両を竹田に返還するため、エンジンをかけようとしたが、始動しなかつたため、本件車両のバツテリーの容量が低下していると思い、これに送電するために本件予備バツテリーを含む前記予備バツテリー二個とリード線を本件車両内に持ち込んだ。被控訴人は、本件車両のバツテリー(本件車両左側中央部ドア付近の床下に設置されている。)と右二個のバツテリーをリード線で順次接続したうえ、セルモーターを回したところ、エンジンは一旦作動したがすぐに停止したため、リード線の接続が悪かつたのかと思い、本件予備バツテリーとリード線の接続箇所を手で操作した後、手を引いたところ、本件予備バツテリーが爆発した(右爆発は、本件予備バツテリーに接続されていた二本のリード線の先端部約一〇センチメートルが、剥き出しの状態で絶縁されていなかつたところ、被控訴人が手を引いた際、衣服が引つ掛かつたリード線先端部が他方の極に接続されたリード線先端部付近に接触して短絡し、そのとき発生した火花で本件予備バツテリーから発生していた水素ガスが爆発したことによるものと推認される。)。

3  被控訴人は、右爆発により飛散した本件予備バツテリーの破片が右眼に当たり、右強角膜裂傷、ぶどう膜・硝子体脱出の障害を負い、入院治療を受けたが、右眼は光覚不弁の失明状態となつた。

二  本件保険契約の自損事故条項では、保険の対象となる事故は「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」とされているところ、ここにいう「運行」とは、被保険自動車の固有の装置をその用い方に従つて用いることをいい、「運行に起因する」とは、「運行」と右事故との間に相当因果関係のあることをいうものと解するのが相当である。

前記認定事実によれば、本件事故は、被控訴人が自宅前駐車場に置かれていた本件車両を運転するため、そのエンジンを始動させるのを目的とした作業の過程において発生したものであるとはいえ、被控訴人が本件予備バツテリーを使用したのは、本件車両のバツテリーの容量が低下したと考え、これに送電するためであるから、被控訴人が同バツテリーの能力を回復させるための修理補修に当る行為をしている時に、すなわち本件車両のバツテリーを通常予定された使用方法で使用を開始する以前に、本件車両のバツテリーとは別の本件予備バツテリーの起こした爆発事故であり、しかも、その原因は、専ら被控訴人が、本件予備バツテリーとリード線の接続部分の操作を誤つたことによるものである。とすれば、送電後は直ちに本件車両を運転する予定であつてもの本件事故は、本件車両を当該装置のその用法に従つて用いることによつて発生したものとはいえないし、少なくとも運行とは相当因果関係を欠くところである。

したがつて、本件事故が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故に該当することを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。

三  よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であるから取り消し、被控訴人の請求を棄却し、第一、二審の訴訟費用につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本増 河合治夫 高野伸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例